|
『最後の仕事?』 |
一台のモーターの修理、巻き替えを依頼されました。特殊なモーターで新品と換えようにも納期が掛かかるし、すぐにも欲しいので巻き替えできればそれに勝る短納期はない。
いつも無理を聞いてもらっている親父さんの晩酌のころ電話をしたら、電話口に出られたのはよいが、ちょっといつもと違って躊躇しておられるような感じなのです。そして
「話そうか。実はねもう仕事辞めようかと思ってるんだ。歳も歳だし、体の調子もよくないし。-----------本当のこと言うとね、食堂癌で手術することになっているんだが、病院のベットの空く順番を待っているんだ。でもそのモーター持ってきて」
私が開業以前、勤めていた会社からのお付き合いで、40年以上になります。お願いする仕事は故障の修理ですから、計画のたてようがなく、あることは短納期の要請ばかりです。
モーターの巻き替え、TIG溶接機のトランスの巻き替え、スポット溶接機、それにシーム溶接機の巻き替え等等。今まで使っていた溶接機から煙が出て異臭がする。すぐにきてほしい。事情を説明して外板を外し、トランスを取り出して新潟へ走って無理を承知で頼み込む。
しかし、そのような無理難題でも気持ちよく受けて頂き、極めて短納期で仕上げて下さいました。なかでも、シーム溶接機のトランスを持ち込んだ時は、徹夜でそれも2回。
最近では、去年県外の会社で大容量の3相整流式プロジェクション溶接機のトランスが焼損して、修理してくれるところが無くて困っておられるが、と訪問先の会社でお世話になっている社長様から要請され、その場で電話で打診しました。話は簡単「あなたが俺にやれって言うならやりましょう。でもちょっと現場で見てみたいね」翌日社長様の車で案内して頂き、話はまとまりました。トラックで持ち込まれた大きなトランスを私と二人でバラシ、焼損と思われる2個のトランスを外し、巻き替えのため自社へ持ち帰って頂きました。
巻き替えも終わり当社で組み込んだのは、1ヶ月後、現地で設置を終えたのは下見をしてから35日目でした。全部接続を終わって通電テスト。緊張の瞬間です。バリッという音とともにアークが走りました。それが修理したトランスのあたりです。すぐに電源をおとしてスポットライトで見ますが場所の特定が出来ません。「やって下さい」「いいんですか」「はい」
「これは持ち帰りかな---」と独り言を。何回か通電を繰り返しているうちに、「あれ?場所が変わったぞ」そして通電。「あっ犯人はあれだ!」外形6mmくらいのワッシャーらしきもの。
沈んでいたみんなが活気づき、狭いところのワッシャーを取る道具つくりに励み取り除いて下さいました。ワイヤー製のホースバンドの部品があちこちスパークで焼け焦げています。
持ち帰りかな---と言われたときは背筋に冷たいものが走りました。しかし電気保安協会の方が度々の通電の依頼に「大丈夫なんですか」と聞き返されても「お願いします」は自分のやったことに対しての自信以外の何物でもない、と思いました。トランス二次側と冷却水関係は私がやりました。が、スパークした部品のバンドは意識して私の所では使っていないのです。その夜はホテルの部屋で着替えることもせず、汚い作業服のままで二人で飲みました。
そんな思い出の多い昭和一桁の名人を「苦しんでいるところはいやだから」と、後数日で退院と言う日見舞いにゆき、思い出話になるかと思っていたら今後の事ばかりで終わっていました。唯ひと言「でも去年は久しぶりに仕事らしい仕事をさせてもらったね」 |
樋山忠明 |
|
|
|
|