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『あるホテルでのこと その2』 |
上野駅というと懐かしい気持ちよみがえります。長い間上野は新潟からの東京の玄関口でした。駅を出ると旅館の斡旋所があり、またそれを業としているのかどうか知りませんが歩いていると「お泊りですか」と声をかけて来る人がいたり。
一度だけお世話になったことがありました。その日のうちに帰るつもりで最終の特急に間にあうように酒席も抜けて来たものの、もう1社訪問したいと思いつき上野駅でホームを出ました。どんなところでもいい体を横にして休めれば。承知して出た上野駅。来ましたネクタイを締めた紳士です。
「お客さん、お泊りですか。宿はまだありますよ」そして旅館が良いかホテルがよいかというから「あればホテルがいいね」「いいところがありますよ。この駅の近くに 4,500円でお世話できます。よろしいですか。ではご案内いたします」路地をくるくる回って夜でもあるし場所の感覚は無いが彼について行く。突然大きな声で「4,500のお客さんお連れしましたよ」そして「では4,500円頂ます」彼が手を出すのです。受け取るとフロントとは言えないお粗末な窓口から鍵を渡して「ごゆっくりお休みください」と出て行きました。その窓口のガラスに1枚の紙が張ってありました。『一泊 \4,000』
中京地区へ行ったとき駅の近所が翌日の仕事の面で好都合ということで、メーカーの方にお願いしました。東京で待ち合わせ二人で着いた頃はもう6時を過ぎていました。
「どこも満室でとれなくて、ホテルと名がついていますがどんな処かわかりませんが」
横になって眠れればいい。彼は地図を頼りにあちこち眺め、確認しながら行くのですが中々見つかりません。やっとその看板が目に入った時、これでは見つからない筈。
ホテルと言えばそれなりの大きさ、先入感があって見逃していたようです。狭い敷地に無理に立てたような3階建てのホテルでした。お金を払って鍵を受け取り部屋へ入ると狭い。
変形した所に無理にベッドとトイレ洗面をセットしたという感じの部屋でした。
鞄を置いて食事に出てホテルへ帰って「お風呂は無いんですね」というと「風呂付が良ければ変えていいよ。1,000円増し」といって手を出すのです。
大都市といっても外れに近い田舎のビジネスホテルでした。
まだ新しいこれも小さなホテルでした。フロントはおよそホテルのフロントマンとしては見えない、田舎の親父さん。荷物をおいて食事に出かけ帰って鍵を受け取り話しかけました。
「ご主人、いやァありがとうございました」怪訝な顔で私を見つめておられます。
「トイレですよ。まさか洗浄装置がついてるなんて思ってもいませんでした。大きなホテルでもそんなについていませんよ」得たりとばかりにっこりして親父さん。
「私これでも会社に居る時は営業で出張の連続でしたよ。家におれば洗浄トイレなのに、金を取って泊まってもらうのにどうして良い設備をしないのかって、頭へ来てたんですよ。自分がやるときは必ずつけようと思っていたものですから」 |
樋山忠明 |
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