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『居酒屋で』 |
それは10年位まえになるでしょうか、お願いすることがあって夕方その会社へ寄ったことがありました。仕事の話も終わっていろいろと世間話に花が咲いていた頃、ふと
「これから一杯やって行きませんか」時間もやがて6時になろうとしているし。
「今日はちょっと。帰ってからやらねばならないこともあるし。次にしましょう」
残念がっておられたけれど私にも都合があるし、それに飲むなら泊まらねばならなくなってしまいます。お酒の歓誘は得てしてひょんな時に突然あるものです。私も何度かそんなお誘いをしてきたようにもおもいます。そして次がなかなか出来ない。思っていても言いだせない。それが先日ついに実現したのです。
「和食のちょっと美味しいものを食べさせてくれる店があるんですよ」
社長さんと二人で私の車に乗って泊まりのビジネスホテルでチェックインし車も預けてその店へ向かいました。小上がりと5席のカウンターで夫婦二人でやっておられる落ち着いた感じの良い店でした。
「上がりましょうか」と靴を脱ぎかけた社長さんに「カウンターで楽しくやりましょうよ」ビールで乾杯し、カウンター越しの主人、女将さんとの話がはずみます。
そしていつの間にか昨今の仕事のことになっていきます。
「今まで良すぎたのでしょうか。いつもその時期になると顔を出せばもらえた仕事がみんな見積書を出してくれ、ということになりましてね。これまで価格のことでどうのこうのと言われたことがないから、ずーっと同じ価格でやらせてもらっていたこと事態に問題があるのかもしれないけれど、そんなに利益を取れる業界でもないんですよ。あらたまってそのように言われると出さざるを得ないでしょう。勿論これまで通りの金額で出すわけにもゆかず、10%値引いて出しましたよ。その後いつになっても電話もファックスも入らない。出かけてゆきました。そこで聞かされました。うちより10%も安いところがあってそちらへお願いしたというのです。そんな価格で合うわけないんでよ」興奮気味で一気に話されました。
業界が違うとはいえ仕事の不足、原料高の売値安はどこも一緒。そしてさらに
「うちも社員、と言っても8人しか居ないんですがね、その半分が年金組ですよ。こんな状況ですから年金を貰うことにして給料もさげてもらっています。それでやっと何とか食い繋いで行けるってところでしょうか。
子供たちはこの地を離れて別の仕事についていて私の仕事なんか次いでくれる気なんて全く持っていません。もっとも今の状況から考えるとそれが至極当たり前に思えてくるんです。
社員に話をしてもみんな断られましたし、結局自分が開いて努力してと言いますか、時勢も良かったからここまで来れたんでしょうが、自分が閉じなきゃならんな、と思っているわけですが、それがまた大変なんです」いずこも同じ苦しみを。 |
樋山忠明 |
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