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| 『楽しみに夢みていたのに、御苦労さま、ありがとう』 |
それは3日前の夕方、取引先の担当者がお出でになり、帰りがけに私を呼んで
「Kさんがお亡くなりになったことご存じですか？」
えっと驚いて聞きただすと、今晩お通夜とのこと。
彼は電気制御関係の技術力あるパーツ商社として20余年、去年今頃だったと思うが突然会社を整理すると云って来て、その後整理がついたことを告げに来て以来会っていません。
誠に残念、何をおいても行かねばならない、と思いながらもこの時間でもあるし彼の住所を知らないのです。「自宅を御存じですか」聞いたことも、勿論お邪魔したことも無いといわれ、お参りは後日にとのこと。じゃ自分も来週にしようと、きめて仕事に出てゆきました。
昨日も一日彼の事を思い出すでもなく、夜家へ帰りコップの酒を飲みはじめたら彼の顔が。
そうだ。葬式は今日だった筈だ。遅ればせながら明日は休日でもあるしお参りさせてもらって来よう。彼も待っているだろうから。
そして今朝、早々に目覚めはしたものの、さてどうやって自宅を見つけるかと考えると、住所といっても市の名称しか知らず。ふと思いついたことで住所を知ることが出来ました。
地図を開いて行程を確認し走りました。
車で40分位でしょうかその町内といっても住宅団地でしたが、中の道路をゆっくり走って門牌の立っている家を探せばよいと思って左右を見ながら、でも見当たらないのです。都合3人目の庭の手入れをしておられたその家の御主人と思しき方にお尋ねしたら「すぐそこですよ」と指さして教えて下さいました。
先ほど通った時も路上に車が3台駐車しており、気にはなりましたが門牌がなかったのです。ドアホーンを押したら「はい」との声と同時にドアを開けて下さり、中へ案内して下さいました。祭壇の中央にいつものにこやかな彼が正座した私を見降ろしているのです。
どうして逝ってしまうんだ。教えてほしいこともあったし、それより一緒に温泉にでも行ってゆっくり語り合おうと、今は最後になったけれど貴方が会社を整理する、と云って来た時約束したじゃないか。思いは次々と。“ありがとう”手を合わせて御冥福をお祈りいたしました。
はじめてお会いする息子さんと奥さんから彼が肺癌と診断され、しばらく入院していたこと、脳腫瘍を併発し、でもそれは治ったとのこと。肺が機能しないので酸素吸入器が離せない、しかし病院の装置と家で使えるものとはその流量が違って苦しんでいたこと。寒い日でも窓を全部開けさせられたり。亡くなられて始めて仕事上とはいえ他人から聞かされた彼の人間性。
「家では殿様だったのに。人が良いというか喜んで頂いて」
私は息子さんに
「彼はね、あなたを褒めていたし自慢していたんだよ。俺の上だって。不景気も倒産にあったことも会社を整理する原因の一つではあっただろうが、今のあなたの仕事の環境と実績を考えると、あなたをこの道に入れるほどの価値ある事業とは思っていなかった、だから自分の手で幕を引いたんだと思うよ」
彼が大好きで手入れをしていたツツジが満開で、と、玄関前の庭を指す奥さんの言葉に送られて帰りました。 |
| 樋山忠明 |
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