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『仕事が欲しい』 |
梅雨もあがり連日暑い日が続いております。
電力不足という、今まで考えられなかった事態だけあって、これまでの文化生活がまるで悪者化しかねない、そんな気持ちにさえなってまいります。
こんな時こそ少し控えめな“夏”に、ちょっと暑さ控えめにしてくれると有りがたいのでしょうが、自然はそんなこと一向にお構いなしでやってきます。
そんなある日、「溶接ロボットを買ってもらえないか、という人がいるんですが」
「ロボットの年式と程度ですね」状況が分かったので早速要望しておられたお客さまに問うた所、価格次第だが、考えても良いよ。との返事を貰い売りたいという工場主を訪ねて行きました。ナビで「目的地周辺です」と打ち切られても工場らしい看板も戸外に積まれてありそうな箱、金属くず等の入ったパレット等も見当たらず、仕方なしに電話をしました。
「はい、今表へ出ますから」直ぐ目の前の建物から出てこられました。
「わざわざどうもすみません。こちらでございます」
案内された工場は、溶接ロボットが2セット、スポット溶接機が1台。きれいに整理したのでもなく、何も無いと言った方が合っていたでしょう。製品、半製品、サンプルも何も無い。これは大分前から仕事が無くロボットも稼働していなかったに違いない。
「売りたいのはこの新しい方のロボットです。古い方は故障したらもう部品は無いと言われておりますので値段はつけられないでしょう」
事前に他の店へ行って買い取り価格を聞いてきたことも紹介者から聞いており、それより良い値で買ってやって欲しいと依頼もされていたのです。「分かりました」事務所といっても人一人居らず長椅子とテーブルだけの粗末なところ。いきなり
「仕事ありませんか。1日たっぷり無くても良いんです。せめて6時間、否半日分でも良いんです。私は70歳になりまして、この歳で力仕事はできませんが、溶接でロボットで出来る仕事であれば、ロボットの操作については出来ますので、仕事がないでしょうかね。あなたのお力でおせわして頂けませんか」ロボットは売りたくないのです。仕事が欲しいのです。まだまだこのロボットで仕事がしたいのです。
「私は工作機械の仕上げ組み立てをやっていたんですが、不況で退職し溶接なら出来ると言うことで、仕事を出して頂ける工場と知り合い、始めたんです。女房と二人、忙しいころはパートも使って結構良かった時もありました。しかし近年は出たり、出なかったりでとうとう停まってしまいました。そんな関係で厚生年金は少なく女房と二人暮らしですが国民年金ではね。だからちょっとでも良い、溶接ロボットで仕事が欲しいのです。」
ちなみに子供はみな家を出て別な仕事で家庭をもっているという。
年寄り夫婦は自分たちで食って行けということか。
「もしお願いしたら、いくらで買って頂けますか?」
「良く取ってもこの位ですね」
それは事前に聞いてきた値の数倍の価格を示したのです。
「そうですか。即金ですか」
「結構です」
しかしその後も電話は来ない。
方々走りまわり、伝手をたどって「仕事ください」親父さんの表情が目に浮かびます。 |
樋山忠明 |
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