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【二人の娘】 |
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テレビの朝ドラに以前も出演して人気を博していた、双子の女の子が成長して出ている。
年金暮らしの我が家では女房と二人で朝食をとりながら、このドラマに見入っている。
残念ながら双子ではないが、当家にも二人の娘がおって毎朝ばたばた鬱陶しくして出勤なさる。いつになったら孫を見せてくれるのか、全くわからない。自分はそんなことを父親でありながらも男として言いたくない。腹の中とは裏腹にいつも関係ない、という風を装っている。そして女房に問う。
「いったいどうなってるんだ。前にちょっと帰りの遅い日が続いたこともあったし。休日にめかして出ていったこともあったようだが」癪に障るのが女房の返事。
「そのくらいの事、女でなくたって誰でもあるでしょう」
大体女親という者は子供が年頃になれば注意してみていて、それなりに働きかけるなどして教えてやらねばならないだろうに。まったく無頓着、好き放題にさせておくから適齢期も過ぎてしまう。
そう言えば、この近所を見てもそこそこの年齢と思われる独身男女、特に男が目につくようだが多いこと。親子だけの核家族とはいっても、嫁もいない、婿もいない、適齢期を過ぎた息子や娘との親子だけの家庭も多い。 嫁にも行かず、嫁をもらって別家庭を築くでもなく、はたしてこの人たちに“青春”はあるのだろうか。
ある年になれば、男女を問わず異性に対しての関心が必ずおきる筈だ。
それを素直に行動に移せる人と、それが出来ない人がいて縁が生まれないことか。
今更女房に言っても一笑に付されるばかりだが、自分はあのころ3人の女性と交際していた。社内で2人、街で知り合ったちょっとさみしがり屋風の女の子。
仕事の性質上社外に出ている時間が長く、会社へ帰る時間もまちまちなので社内の2人はいつも居るとは限らない。たまたま2人が待っていたような気配を感じた時は、自分の方からさっさと帰る。
今のようなテレビも自動車もなかった頃だから、休日のデートは公共交通機関を利用するしかない。まして今の若者たちのように泊まりの旅行など、金もないし、親に言うことさえ出来なかった。
一番多かったデートと言えば、映画を見て帰りに喫茶店かラーメン屋へ寄って食って話をちょっとして、さよなら。せいぜいでもぶらぶら歩き。それ以上の勇気はだせなかった。
自分としては結構楽しい休日で、退屈を覚える事もなかったが、ある時、親父とおふくろに呼ばれ「お前ももう嫁さんもらっても良い年だ。良い人でもいるなら別だが、いないようなら『お見合い』でもしてみないか」その時すぐに「お願いします」と言ってしまった。知り合いの「世話やきばあさん」からの御世話で、会ってみたら初対面だからだろうが、非常に「フレッシュ」な感じを受けた。
そしていろいろあって結婚した。
今になってあの持てた頃の話をしようものなら、「なんで私を、私だって」と言い返される。
みんな理想が高いのかな。そのうち、そのうちと言ってる間に年をとってしまう。それと同時に異性にたいしての感受性も無くなって行くんではないだろうか。
ちなみに自分の女房殿は、当初自分が考えていた理想の女性とは全く違う。趣味から何から。そんなことを言うと女房も同じことを言い、来るんじゃなかったと苦笑している。 |
特別寄稿 M.M |
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