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【ある人の訃報を知って】 |
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忘れていたあの日を思い出した。
新聞の隅の小さな黒枠の一つであった。故人となられた人の性も勿論名前も知らない。
黒枠の中の左端にそのお店の名前があったから分かった。故人となられた人、その店の主人だ。
もう二十年余の前のことと思う。息子が中学1年、娘が小学校5年、明確には記憶もないがそんな頃だった。
8月のある休日で暑い日だったが、夕方には少しは涼しく感じられる、でも夕食にはちょっと早い、4時過ぎ位だったと思う。
「今日はちょっと美味しいものでも食べに行くか、帰りはタクシーになるが歩いて行くんだぞ」
私は店の名前も云わず、15分か20分くらいだから、と云ってみんなを促して外へ出た。妻と子供二人を引き連れて、急ぐともなくぶらぶら歩きはじめた。途中で汗もでてくる。
「お父さん、ファミレスじゃないでしょうね」息子に聞かれ
「あぁ、美味しい一品料理もある、ちょっと高級と言えるかな?そんなお店だ」
へーといって期待をこめて納得したようだった。新潟の郊外とはいえそのような飲食店はあちこちにある。その店の前を通りすぎる度に、「ここでもないの」と独り言をつぶやきながら、前になり、後になりしながらついてくる。
日傘を差してきた妻にも、「いったいどこまで行くの?」汗を拭きながら20分くらい歩いて、空き地が広がりそこが駐車場で、奥に切妻の落ち着いた店構えでのれんの奥に格子作りの引き戸が見える。妻も子供たちも私の後ろについている。戸をあけると正面はカウンターがU字型に回っており、真ん中正面に白づくめの店主と思われる人が一人立っておられ、カウンターにはパラパラと4名の男性客がおられた。
「家族4人なんですが、夕食をお願いできませんか」
「今日は予約で満席で、申し訳ありません」
「やあ、お久しぶりですね」カウンター客の一人が、振り向いて声をかけてくれた。取引先の社長で休日はいつも早い時間からこの店に浸かっているとは聞いていたが。
軽く挨拶をして、両側に並んでいる誰もいない畳敷きのテーブル席に目をやって「そうですか」と残念さをむき出しに辞した。子供たちのがっかりした様子に断られて頭にきていた私は、
「よーし、どこでも良いから好きな店へ入りな」
この店は私の取引先の社長に
「場所も場所なものだから、ちょっと人の入りが足りないんだよ。料理は○○で修業を積んできたから結構良いものを出してくれるから、接待にでも社長に頼んで使ってやってはくれないか」
この社長は平日、仕事にケリがつくと来ていつも酒、肴で夕食をすませて帰るのが日課だそうな。
でも断りの言葉の愛想の無さとその時の顔の表情からして、二度とこの店に足を向けることはできない。まして社長に「利用してくれ」とは頼めない。
自分が経営者である場合は客も選んで構わないといえる。それに依存はない。
今日は本当に予約で満席だったのか、それとも私を知っていて断られたのか、本当のところは知るすべもない。もうそれはどうでもいい。結局は子供たちの好きなファミレスで、それぞれが好きなものをオーダーして喜んで食べてくれた。生ビールをいくつ空けたか記憶にない。
ラストはソフトクリームで喜んでくれた子供たちに救われた思いで車を呼んだ。 |
寄稿T.M |
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