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【桜の頃に想うこと】 |
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今、梅の花が満開、思っていたら何時の間に桜がつぼみを膨らまし、桜の便りがあちこちに聞かれるようになった。そう、今でも夜桜の下で群れてきた若い女たちのあざやかな姿が目に浮かぶ。もう50年も前のことなのに。
それは同業者の年に1回の総会が田舎の小さな温泉街のある旅館で開かれた時のこと。親父の「お前、代わりに出てこい」の一言で始めて参加した時のこと。
総勢50人位だったと記憶している。総会は会長が議長となり、あらかじめプリントされた内容を復唱するようなかたちで「異議なし」の連続で承認されて終了。そして懇親会。
「お酒を前にして長話は‐‐‐‐」に始まる挨拶の長い事。
乾杯まで形通りに終わり、やれやれと隣同士で継ぎ合い酒がはじまる。若い仲居さんたちが忙しく料理やらお酒やらを持って来て配り終えたと思しき頃、引くかと思っていたら、あちこちに散り、膳をはさんで座り「さあお客さんどうぞ」酌をして回ってくれる。
目のぱっちりとして細身で仲居の和服姿のよく似合う女が私の前にすわり、銚子を手にして「お客さん、どうぞお酌させて下さいな」声も良い。杯を手に持って飲み干し前に出す。「ありがとう、皆さんみんなお揃いの和服姿だけど、この旅館の仲居さんですか」
「仲居さんなんて、女中ですよ、なんでもやらされるんですから。でもね、こうやってお客さんにお酌をさせて頂いて、お話聞いてる時が一番楽しいわ」
「それはありがたい、貴女のような方に酌をして頂いてお酒を飲めるなんてこんな嬉しいことはないよ」「まぁお客さんうまいこと言って」
どんな話のやり取りだったか勿論覚えてはいないけれど、結構長い時間彼女は私の前から動かなかった。やがて「ちょっとまわって又くるから」といって立ちあがって部屋を出て行った。話の内容から話し方まで私が、今までこの種の店や、お座敷で相手をして頂いた女性とは完全に違っていた。「ごめんなさい。遅くなっちゃって」「おい、終わったら二人で飲もうか」「いいわよ、でもね、この宿から出られるのは12時をまわってからよ」
「良い方法がある。私にまかせてね。でもこの会が終わらないうちに出たほうが‐‐‐‐」
「そうだ、私に電話だって呼びに来てくれないか」「いいわね」そしてしばらくして「あなた、会社から電話よ」「あっそう」立ちあがって彼女に着いて行くとちょっと離れの一室に通された。お茶を一杯出してくれ、「ちょっと待っててね」一人で部屋の中を見回しているうちに、空腹感を覚えて来た。そうだ膳の御馳走はお粗末、それに途中で抜け出したから飯も食ってない。「何か持って来ましょうか」と顔をだした彼女に「腹減った何か食うものないか」「丼物なら早いわよ」「それでいい」「ちょっと待ってね」暫くして「お待ちどうさま」かつ丼を持って来て、「すみませんね、もうちょっとだから」
すきっ腹にかつ丼は美味しく納まった。しかしまだ来ない。そうだ駅前の桜が満開だった。玄関へ出て靴をはいて暫く桜の木の下で街灯に映える花に見とれていた。やがて最終電車の明かりが点き発車の準備が出来たらしい。切符を買って乗車した。驚いたことにあの宿の仲居さん全員でなかろうか、駅へ向って歩いて来たのだ。瞬間自分以外に誰も乗っていない車両のシートに身を伏せた。ドアーが閉まって発車した。体を起してじっとこちらを見ている若き仲居さん達に手を振った。彼女たちも、知ってか知らずでか手を振って返してくれた。でもさほどに明るくも無いあの頃の街灯ゆえ、私の彼女は探せなかった。そう、私は「無銭飲食」だったのだ。数ヵ月後、その旅館を辞した彼女が名も知らぬ筈の私を探しに来て、部屋代こみで、890円の請求書を持参した。 |
寄稿K.K |
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