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『久しぶりに電話を受けて』 |
いつもは私の方からお願いの電話をかけるのに、何かあったのかな。
そんな思いで受話器をとりました。弾んだ調子は変わらず、しかし話が進むにつれてちょっと沈んできたのです。
若さにまかせて、がむしゃらに働き、油ののりきった壮年時代、常にこの業界にどっぷりと浸かりきって来られました。今、古希を過ぎ、製作部門とは訳あって切れたけれど、この業界の要望にキャリアとアイデアを駆使し、CADに向っておられるのです。
良き協力工場にも恵まれ納入した機械はすべて順調に稼働し、評価も頂いております。
「今、困っているということではないが、あなたも“お年”でいらっしゃいます。今後を考えるにあなたがこの先何年仕事をされるか分かりませんが、否、このままずーっとやって行って下されば一番良いのですよ。でもね、あなたも安心してお仕事ができますように、後継者をお願いして置いて頂けないでしょうか」
わざわざその事を言うために、お偉いさんが二人で出向いて来られたとのことでした。
一方、日本の某大手メーカーは紙一枚で中止、撤退を表明し、納入済装置のメンテナンスも一切致しません、と云って通しているのです。
ピークの時は続いて注文が入りすべてが流れる如くに製作し関係するそれぞれの担当者も精通していたことでしょう。それが景気の停滞、落ち込みが続くと装置が老朽化してきてもリプレースの話も出てこない。
そしてそれぞれの担当者に定年という年回りがやってきて、技術の伝承が出来ない。
それがお断りの理由でした。聞かされてみればそれも分からないではありませんが、そのメーカーを選んだユーザーの立場で考えれば、まさかこのメーカーが倒産するようなことは考えられません。ましてや以後は‐‐‐、なんて無責任なことを云う結果になろうとは。
けれどもそれで通すのです。ある会社の工場へ仕事の打ち合わせに行った時のことです。
「俺も定年まで後10年、この年になると結構自分の家や親戚などの用が出来て。それが又休日に当たってくれれば良いが、平日のこともある。そうなれば会社を休まねばならなくなる。今自分が動かしているこの装置を自分並みとはいかなくても、他に使って行ける人は居ない。俺は10年以上この装置を使ってきて色々のことを経験し、その対応も考えてやってきた。最近はちょっと焦って来たんですよ。早く若い社員を回してくれってお願いしたんです。紙に書いて教えられるものでもない。だから教えるにも時間がかかるし、自分でそれを納得しなければ分からない。その都度、その都度ですからね」そして
「体も思うように効かなくなってきた。これも年のせいかね」
いつも敏捷に動き回っている姿から発せられた本当に会社の永続を願う、心の現れでしょう。世代交代はどこにもある。それをどのように乗り越えていくか、そこが難しい。
工場を出たら向いの事務所に私を見ている老いぼれ爺が見えました。駐車場へ行くために近付いて行って分かりました。驚きました。なんとそれはガラスに映った私自身だったのです。 |
樋山忠明 |
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